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昨年の十月の初めのころ、大村市の協和町にある慰霊塔公園で、一人の男性が鍬で、一面膝ぐらいに伸びた雑草を根こそぎにしておられました。何とはなしに車で通り過ぎました。一週間ほどして通勤の帰りに同じところを通りかかると、先日より随分綺麗になった公園でやはり黙々と除草をされておられました。 私の存じ上げている、諏訪の山口幹允先生だったのです。 「あら、せんせいだったのですか。」と声をかけました。 「私にできることをやっているのです。2,3日前は女房も連れてきてやりました。」 あの夏も過ぎて伸びるだけ伸びた雑草・・・。公園の半分位が畑のように整地され、所々に根こそぎされた雑草の小山が目に入りました。「慣れないことをするので指が曲がったまま伸びないようですよ。」と苦笑されていました。山口先生の一面に触れた思いがしました。 人間の目は不思議な目、山口先生を意識しはじめると私の目によく映るようになりました。
ある日の夕方、市立病院の跡地を頭にタオルを巻き、走りながら、空き缶や紙くずを拾っておられました。またある土曜日の夕刻、大村駅への道の茂みに手を入れられて同じように紙くずや空き缶を拾っておられました。先生とお話をしました。すると、「雨の降らない日は、毎朝6時ごろ家を出てジョギングをしながら約40分ほど空きかん拾いをしています。三城小学校に在職中子どもと共にやろうと話し合ってからもう十年ぐらい続けていますよ。」と話されました。
ある朝、目覚めが快かったので自転車で大村部隊の近くまで行ってみました。トレパンをはかれた例の姿の山口先生が、慣れた手付きで空き缶や紙くずをパッと手にされ、もう一方の手にされているビニール袋にどんどん入れて走っていかれるのです。ビニール袋が一杯になると、通りにあるごみ箱にきちんと入れられ、次の袋をポケットから出されてまた走り続けられるのです。 一日が始まる朝、すがすがしい朝の空気を吸いながら、さらに新鮮さと共に熱い感動を覚えました。 そして、本紙25号に記載された米田学級の子供の詩を思い出しました。 それは、「ごみをすてるものはすててみろ。みんな拾ってやる!」という詩題です。 “ごみをなくそう。ごみを拾おう。外でおやつを食べないようにしようと今まで何回も考えあった。学級会で、代表委員会で子ども会でも・・・・でも、ごみはほとんどなくならなかった。だけど、ごみをすてるものはすててみろ、みんなぼくらが拾ってやる。これだ。このかまえ。そうだ、これがあれば、学校のごみだって姿を消すだろう。僕ら6年生がみんな拾ってやる”という素晴らしい実行を伴った詩が思い出されました。
ペダルを踏み、先生を追っかけます。“走る、拾う、ポケットから新しい袋を取り出す”その一連の行為が自然であり、特別なことをされているという感じがしないのです。 日ごろ、環境美化とか、自然破壊とか、偉そうなことばかり口にしている私たちです。今、目にしているのが飾りのない、淡々とした行為であるだけに、実践の強さ、実践の尊さを深く感じさせられるのです。 “掃除は人間が生活で書く答案だ。自分がどれぐらいのしろものであるかを示す人間の答案が掃除だ”ということばがある。
「よく頑張られましたね。」と声をかけました。 「人間がいる以上掃除は必要なのですよ!」朝日を受けて光る尊い汗を拭きながら、ほほ笑みを湛えて答えられました。
あの時のさわやかな笑顔が思い出されます。
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