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春の遠足に、五年生の子どもについていきました。昼になって、子どもたちが弁当を開いたのを見て回って、私はさびしくなってしまいました。 あちらにも、こちらにも、町のおすし屋さんで買ったおすしを持たせてもらっている子がいたからです。 毎日、学校の給食を食べているのです。遠足ぐらいは、お母さんの心のこもったものがほしいと思いました。
間もなく、六年生の修学旅行が行われました。計画を立ててもらったのを見ると、一食分の弁当持参ということになっています。 私はお母さんたちに集まってもらって頼みました。 「忙しいでしょうが、生涯の思い出になる修学旅行です。いつもより早く起きて、ご飯をたいて、しっかり心をこめて握ったおむすびを持たせて下さい。それから、おむすびにこめた心を手紙に書いて添えておいてやって下さい」 と頼んだのです。
昼は大阪空港の近くでとらせてもらいました。子どもたちは、弁当を開くと、あちらでもこちらでも歓声をあげはじめました。大きなおむすび。それに手紙。手紙をもってとびまわる子どももいます。いっぱい涙をためて手紙を読んでいる子どももいます。 私の隣りにいた森本君は涙組でした。他の子が食べるようになっても、涙をぬぐおうともせず読みおわるとていねいにたたんで、たいせつそうに胸のポケットにおさめました。 見せてくれるように頼むと、「校長先生、あげるんとちがうぜ、すぐ返してよ」と念をおしてから見せてくれました。
あとで、旅行記を見せてもらったのですが、森本君はその晩、奈良の旅館で寝床にはいってから、もう一度お母さんの手紙を読み返し、「おかあちゃん、無事に奈良の旅館に着き、寝床の中で手紙を読み返しとるとこや。明日も気をつけてがんばるから、心配せんでもいいよ」といい、「おやすみ」とつぶやいて眠りについたことを書いていました。
守本恵ちゃんという女の子の旅行記には、「弁当の包みを開いたら、おむすびが出て来た。手紙もついていた。それを読んでいるとおかあさんの顔が浮かんできた。すると、おむすびだけじゃない、私の着ている服も忙しいお母さんが、心をこめてぬってくださった服であることに気がついた。飾りについている刺しゅうも、一針一針おかあさんの心がこもっているのだと思うと、一二四人の六年生の中で、わたしが一番しあわせ者だと思われてきた。そして、わたしもおかあさんになるときは、おかあさんのようなおかあさんになりたいと思いました」 と書いてありました。
心はやはり通じるものです
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