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某家の年忌です。農村ですから、集まった人はほとんど農家で、うわさ話を声高に語り合っておられました。 そこへ、立派な外車に乗ったご婦人が着飾ったお嬢さんをつれて来られました。一度はシーンと静まり返りました。やがて、この家の一番重い親戚の奥さんが出てきて、挨拶です。
「まあ奥様、結構ですねえ。また立派なお宅を新築されたそうで」
「何おっしゃいます。外目はよいように見えても、税金々々で、社員に支払うお金の工面だけでも大変ですよ」
「いえいえ、農家は仕方ないもので、朝から晩まで泥田に浸って働きぬいても、手にするお金はしれたもの。それに付き合い、子供の学校、農機具代の支払いにおわれ、とても家まで手が回りません。それに比べて奥様は、お手伝いさんも大勢おられるとかああ、うらやましい」
「とんでもない。私どもの商売は競争が激しいので、もう主人は駆けずり回って顧客のご機嫌とり、私は営業面まで顔を出し、憎まれるのを承知で社員の督励。本当にしんどいことです」
と、こんな調子で延々とやっておられます。一人は繊維関係の会社の社長夫人で、片や、村で今成金とうわさされている家の婦人です。この村で一番早くオール電化の生活に切り替え、羨望の酌となっているとのことです。 しかし、この長い対話の中に、ひとことも「おかげさまで」「有難い」あるいは「もったいない」という感謝の言葉は出てきませんでした。
「おかげさま」とは、神様のご守護に感謝し、"日"を拝みながら、自分はその蔭に入って歩く。行く道はいつも明るく陽気です。二人の奥様は、口では謙遜しているようですが、腹の中は我の張り合い高慢の激突、つまり、お日様も後に従えて歩くようなもの。これではいつか暗がり道になってゆく。
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