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先日、宮崎県延岡市の主婦のこんな体験を紹介しましたが、世の中、親切を逆手に取る人間が多いようで、同じ経験をしたとの話がたくさん寄せられました。
福岡市博多区の主婦は一ヵ月前、やはり「お金を落とした」という老女に同情し、手持ちの金を渡しました。ところが「恩は一生忘れない、明日、返しにきます」と言ってメモした連絡先は真っ赤なウソ。それっきりだそうです。
ほとんどの人が、だまされた悔しさと非礼を非難しておられました。そんな中で、鹿児島の会社員古谷克士さんのお手紙は少し違っていました。
(他人が困っている時、余裕があれば、手を差し伸べてあげるのが人情であり親切心です。延岡の主婦の行為は善意以外の何物でもありません。でも、善意とは代償を求めるものでしょうか。行為そのものが、その人の糧になるものと考えます。返してくれない人を恨んで、後ろ向きになるより、あなたの行為を大切にして下さい)
古谷さんは決して、主婦が代償を求めていたと言ってる訳ではありません。考え方を変えると、悔しさもなくなるのでは、という意味だと思います。
さらに「どうして知らない人にお金あげるの」と主婦に質問した三歳の娘さんには、(困っている人を助けるのは善いこと、人をだますのは悪いことと一緒に話し合えば、お子さんにとって一番の教育になります)と書いておられます。
そして、学生時代の思い出でで締めくくっています。
十七、八年前のこと。古田にさんは、福岡市内で乗ったバスの中で、財布を忘れてきたことに気づきました。運転手に相談したところ、話を聞いていた三十歳前後の主婦の方が、バス賃を払ってくれたのです。
(あとでお返ししようと住所とお名前を尋ねると、その女性は笑顔で、“今度、あなたが困っている人に出会ったら助けてね”と言って立ち去りました。これが本当の善意、人情です。今でも忘れずに感謝しています。
いかがですか。罪を憎んで人を憎まず、といいますが、代価を求めないのが人情、という言葉も、なるほどと思わせます。こんな風に発想を変えると、裏切られた悔しさも、いくらか軽くなるのではありませんか。
・・・これは、去年三月五日、読売新聞、「こちら、社会部」欄に載っていた記事です。読まれた方もありましたでしょうかが、一年過ぎて、読み直すと、又改めて心が洗われてよいものです。
恩を返してもらおうとおもうな、こちらが恩返ししたのだ。
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