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【 みんな よろこび 】

今日、珍らしく、久しぶりの訪問客があった。古賀島町のタマ子さん、八年程前、第五十一号に”お母さんお茶がわいています”と題して投稿してくださった方。「もう少し早くお伺いして、お礼にくるつもりでしたが、おそくなって済みません。わたしはうれしくて、うれしくて」と顔はほころび、うれしさ一杯である。何だか訳も判らないがこちらまでうれしくなってきた。
「あのときの長男坊は、西大村中学3年生、受験の真最中でした。私の仕事の都合で、弟2人のため、炊事をしての勉強でした。希望は、大村高校でしたが、努力の甲斐もなく残念、落ちました。息子は悲嘆に暮れていましたので、それは、他の高校を受けるようにとご先祖様からの声だからよろこびなさいと言って、こんどは日大高校を受けてあがることが出来ました。よろこんだ本人は勉学に励み、次の日大えと進み在学中、体調をくずして一時帰宅していました。ある日、机の上に”お母さんお茶がわいています”と題した一枚の紙があるのに目を引かれ、読むつもりもなく読むうち、そえは、自分のことである。あの日、お母さんは夜遅くなるので、炊事の後片付けも済まして、メッセージを残して休んだのだ。そのことがこんなにまでお母さんによろこんでもらえたのか、私の進学のため苦労かけて下さるお母さん、申し訳ありません、必ず立派に卒業しますと誓って、再び上京して、学校に帰りました。まもなく卒業、そして就職となるので、安心して暮らせる仕事についてくれるように願っていたところ、美容師になると言って来た。なんだ、パーマ屋か、と思ったが、こちらが冷静になり勇気づけねばと、「何でもよい、しかし、何でもよいがなるなら一番になれ」と元気づけの言葉をおくった。お陰様で今は、立派な美容師となり、業界誌にも本村宝洋先生と、とりあげられて、長崎まで指導に来る立場になりました。ありがとうございました。」とのことばです。
そして、手紙を私に渡されました。
「このお礼の手紙を書くのに、昼は生け花、夜はスナックをしていればその暇もなかったのですが、昨夜は一人の客もなく書くことが出来ました。ありがたいことです。」
と、客があってはよろこび、客がなくてはよろこび、息子が進学校を落ちたとよろこび、このよろこびが日本一の美容師をつくるこえとなるのではないでしょうか。
先日のNBCテレビをみましたか、と私がたずねたら見ていないとのこと、早速ビデオを見せた。“お母さんお茶がわいています”の一節をアナウンサーが読んでいくうち、よろこびと、うれしさの涙が落ちるのが見えた。
返りに「あの一枚の“読んでください”がどんなに勇気づけてくれたことでしょう。このビデオもダビングして息子に送ります」と喜びの種を播いて帰られた。

「猫のいる駅」その後
横田 肇
平成九年九月、福岡のKBCテレビが、“猫のいる駅”として竹松駅の一日を放送した。
この竹松駅にどうして住みついたのか、三毛猫がいる。駅の山口さんが勤務されている平成五年の四月にはもういた。人なつこくて、乗客が椅子に座ると誰でもよい、身をよせていくので可愛がられている。この猫が二匹の子猫を生み、三毛とトラ模様で、これも又親に似て、誰にでもついていく。
その、のどかな田舎駅の風景の放送であった。

その後のある日、この駅から乗車しようした、諌早の県土木事務所の福島真介さんがヒョッとこの子猫を見たら、ひとりで歩くことさえ困難な足で辛うじてビッコを引いているのを見た。可哀想におもって何とかしてやらねばと思ったが列車が来て乗らねばならず、気にかけ乍ら、一日の仕事を済まして竹松駅に着いたら、その猫は動くことも出来ずに座っていた。早速手述をしてもらい一週間の入院。退院の日に、仕事帰りに迎えにいけば、足は手術の跡の縫い合わせが痛々しかったが、ビッコを引き乍らも元気になっていたので、親のいる竹松駅に連れて帰り、食用の缶詰も買い与え、病院の治療費も全部支払われた。
猫を好きな人ばかりばりもいないし、杖でタタク人もいる、駅舎から道路まで遠いし、交通事故とはおもえぬがと、駅の山口さんは話している。
こうして命を救けてもらった猫、今日も駅長さんの仕事机に我がもの顔で寝ているのを仕事帰りの福崎さんは見て、わが家に帰っていく。


後記

馬鹿一筋十七年、寒いときはコタツに入り、暑けりゃクーラーの部屋にいればよいのに、エー年してもうかりませんのに。ところがもうかったこの身体。
横田 肇

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