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過日、知人である百貨店の支店長から、電話があった。訪ねて礼をいいたいというのである。礼をいわれるような心あたりはなかったが、わざわざの来訪も恐縮なので、こちらから出向くことにした。
訪ねたら、支店長、腰を折らんばかりにして、私に礼をするのである。最近は、銀行の支店長なのか、百貨店の支店長なのか、ハッキリしない人もいるが、この支店長サン、商人意識を忘れず、腰の低い人である。
その日、さらに腰を低くする、そんな愍懃な礼を受ける憶えはないので戸惑っていたら、支店長、こんな話をはじめるのである。
「たまの連休、ゴルフでもと思ったのだが、ゴルフの嫌いなあなたに叱られ、“墓参りにでも行きなさい!親不孝だよ、あなたは!といわれた。いわれたときはムカッとしたが、そういえば十年も行っていない。親の墓には金沢にある。自分は長男だが、とっくに父母は亡くなり、いま、東京に土地を求め、家も建てた。女房と娘を家において、勤務地でゴルフ三昧。そんなリズムの生活のとき、突然、”墓参り“とは晴天のヘキレキ、”親不孝“とはショック。それならばと、ふだん考えてもいなかった金沢行きを決意。
女房や娘は墓参りよりも、旅行ができるので大賛成。この春、大阪の銀行に就職した長男に連絡したら、“オヤジ、どうしたのか?とケゲンないいぶりだったが、親子断絶ぎみなのに、不思議に同行するのとの返事。
久しぶり家族四人で金沢へ。菩堤寺の坊さんもびっくり。十年ぶり父母の墓にひざまずき、手を合わせ瞑目する。確かに味わう異様な感動。つづいて女房や子供がひざまずく。墓地とは不思議な場所である。静寂はただの静寂ではない。いまさらの言葉だが、しばし茫然、いや陶然・・・
住職の出される西瓜を四人で食べてきました。」
支店長、ここまで話すと、突然立ち上がり、私の手を両手で握り強く押しつけるのであった。
そして、そればかりではないんですよといい、またまた腰を折るのである。
実は、息子から女房に手紙がきて、こう書いてあったという。「墓の前で、うずくまっている髪の毛のうすくなったオヤジの頭を見て、オヤジはやっぱりオヤジだ。とにかく、オレ、がんばるヨ」
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