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その日の夜いよいよ、女房の臨終。突然、それまでの荒い呼吸に勢いがなくなる。一息、深く吸うのだが、吐くまでに間があり過ぎる。すると、音をたて、強く息を吸った。と、そのままになり、息が止まった。眼球がぴたりと動かなくなった。
死の二日前より「もう時間の問題だ」と医師に告げられてから私は、病院の廊下を走りながら、幼い子供たちが初めて経験する母の死の場面を、どんな心で見るだろうかと、胸の裂ける思いであった。
遂に、その時が来た。息が絶えた瞬間、枕辺に号泣の声が一斉に起きた。長男に抱かれていま七歳の子は顔を硬ばらせて、謝るような眼で母の死顔を凝視している。突然、それまで黙々と酸素吸入器を母の口にあてていた無口の娘が、烈しく狂ったように泣き叫んだ。その表情は父として私が始めて見るものであった。娘は倒れるように、次男の胸に泣きくずれていった。あと一ヶ月で成人式を迎える次男のその顔は、震えていて、少し離れて立っていた三男の顔は、まるで能面のように白く、びしょ濡れの涙で光っていた。
その娘が、狂おしく泣いたあと、兄に瀬を抱かれながら待合室の椅子に坐ると、くるりと体を向け、きりっとした顔で「衆作の面倒は私が見る、心配しないで」と言った。
衆作とは小学校一年生の弟の名である。そして、それっきり泣くのをやめた。
娘が泣かないということは、1ヶ月たった今も変わらない。学校から戻るとすぐ買い物、炊事、終ると洗濯、それまで一人で寝たのだが、女房が死んでから添い寝しないと眠らない弟のために「昔ばなし」の本を読み、十一時頃から宿題。六時に起床して朝食作り。七時過ぎには出かける。S学園まで小一時間かかる。その生活は毎日崩れない。この中学三年の娘の背中を見て、ドキリとすることがある。女房の面影にそっくりである。きっと死んだ女房が娘をサナギから蝶に変身させたのであろう。
さて「泣かない娘」と題をつけたが、時々、台所で長い間、背を向けて料理をしているときがある。問いかけても返事をしないときがある。やはり泣いている。
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