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【 母さんと一緒だから 】
加藤 泰朗

「母さんと一緒・・・・・」なんとぬくもりのあることばでしょう。私も筆者と共に感動をおぼえましたのでこれも無断で転載しました。

甲子園の高校野球も習志野高校が優勝して、やっと終った。その応援もすさまじく、いまは日本の民俗的行事になった感がする。桂高校など初出場で、地元に近いせいもあってか、バス七十台を連ねたといわれ、州本高校では洲本市民がテレビに釘づけになり、市はまるで戒厳令でもしいたかのように、人っこ一人も歩いていなかったという。正に一億人の耳目を集中させた真夏の一大ショーであった。

応援する心理には、いろいろある。私は天理大学の講師だから天理高校のファンということになる。一方、地元が仙台だから仙台育英も気になる。ところが途中、胸が痛くなるほど応援した学校がある。それは天理校や仙台育英を応援する気持ちと、ちょっと違う心情であった。
その学校は足利学園高校であった。それまでは足利高は栃木代表ぐらいで、別に気にも止めなかったし、もちろん縁がないので当然なことだ。ところが突然、気になり出したのである。第二試合、習志野高との試合などは、私の感情移入が始まり、もうハラハラの連続であった。
というのは、足利高の藤倉投手は、首に母の遺髪を入れたお守り袋をかけて、投げ続けているということである。
藤倉君の母、千恵子さんは、ふとした病気で、この春三月五日急死した。息子の晴れ姿を見ずして亡くなった母親、その遺髪と写真を胸に抱いて、マウンドに立つ藤倉投手。
「母さん、ボクがんばるよ」藤倉投手の一挙手一投足のテレビの画面に、不覚にも涙が流れてくるのである。そういえば、その首にオレンジ色のお守り袋がはっきり見えた。
足利高は第一回、鹿児島商に勝った。藤原君はヒーローになった。インタビューに答えて、こういった。
「母さんと一緒だから、勇気がわいた」。二回戦、習志野に僅差で敗れた。藤原投手は、ほかの選手と同じように、甲子園の砂を袋に詰めた。
「もちろん母さんのお墓に、まっさきに持っていきます」
私は、またしても涙が出る。私はこういう話には、全く駄目なのである。
それから私は、もうどこの学校が勝っても負けても、どうでもよくなってきたのである。
得難い感動に私自身、酔い続けていたからである。
「母さんと一緒」この藤原君の言葉は、そのまま人生の一コマと重なってくるのである。

皆さんもまだ、記憶に残っていられるとおもいます。こえは四、五年前の甲子園大会での感動の場面でした。


【土がない】
横田 肇

田舎者で、学識がなく、物珍らし屋が、東京のある会議に出席することが出来た。
日本一とも言うべき帝国ホテルの玄関に入り回転ドアを開けると足もとがゆらつく位厚いジュータンが敷きつめられていた。九州の端から履いて来たこの泥ぐつで、気が引ける気持ちで、踏んだジュータンには足跡がべっとり、と思い足もとを見た。幸い何もついていない。
考えてみれば、土を踏んだのは、我が家から一〇〇米位もところを歩いたときだけである。バスに乗った。駅に降りた、汽車に乗った、そして宿舎に着くまで歩いたが、みんな土を踏んでいない。
くつが汚れる筈がない。
私達の様な田舎者は土のことをすぐ考える。東京の人々はさぞ土が欲しいだろうなあと、おもっても見た。
有楽町駅前から銀座の方へ行くと狭い校庭の小学校があった。よく見ると、校庭は、グリーンのコンクリートでぬり固められてある。これを見て余程、東京の人達は土を嫌っているらしい。
こうした中で、育った子供達はおそらく土は知らないだろう。土の中からはぐくまれた草花も木も、天地のめぐみを知らない様になるだろう。校庭をコンクリートにしたらどこがよいのだろうか、金もかかるだろうし、転んだらさぞ痛いだろうに。
自然を知らない子供達、海を書かせると赤い色に塗るとか、夏休みに田舎へ行き、山でカブト虫を捕まえると、これはデパートから逃げたのだとか、その虫が死ぬと、電池が切れたとか、どうもこの話は本当になるのではなかろうか。
偉い教育者のされる事と、田舎者の無学者の考えることは大分かけ離れている。しかしやっぱり気になる。

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