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【 夕日を眺める母と子 】
松宮 守

「夫をなくし、生活も苦しい、でも、もし私がそのことをぐちったら、不満がましい話をしたとしたら、この子はいったいどんな子に育つでしょうか」その母はこうつぶやいて夕日
に向かった。
以前に、インドのマザーニアレサが日本に来られ、子供といろいろ話し合ったときのこと、「なんのために勉強しなければならないのですか」と子供がたずねたら、テレサは「立派な人問になるためです」と答えたといいます。勉強、勉強とやかましく言われるが、果たしてそれはなんのためだろうか。子供は迷ったに違いない。だからそういう質問が出たのです。「立派な人間」とはどういう人問を指すのか。それもまたたずねれぱよかったのに。テレサはきっといい答を出してくれたでしょう。
 子供が親や家庭の投影だとすれぱ、こうした子供の考えや態度は親のももと見て差し支えありません。親はいま、どういう人生観、世界観を持って生きていかなければならないか、ということを考えなくなってしまったのではないでしょうか。ある町の小学校に、とても素直で明るい子がいました。その子供の家庭は、日雇いをしている母さんと、年老いたおばあちゃんの三人暮らしで、決して裕福とはいえません。一般的にいえば、いわゆる母子家庭。ともするとさびしがりやの子か、廿えん坊の子か、何かかげりのある子とかを想像してしまいがちですが、その子は全くそんなことを予想もさせないほど、明るくぴちぴちした子でした。
 このことが学校の先生に非常な関心を持たせたのです。何があるのか、どこがどう違うのか、お母さんとはどんな人なのか、おばあちゃんはどんな人なのか、先生はその子を見るにつけ、いろいろな推測を交えながら論議していたそうです。
 百聞は一見にしかず。それではと担任がその子の家庭を訪問し、その謎を解くことになりました。そう大きくもない家でしたが、中に入って母親の帰りを待った。やがて母親が仕事から帰ってきました。先生と簡単な挨拶を済ますと、その母親は、「ちょっとお待ちくださいませんか。私たち三人で日課にしていることがありますので」と断わって立ち上がった。何事が始まるのかと、いぶかしがる先生をその場に、母子、祖母の三人は手をつないで、狭い庭に降り立つのです。折から口は西に傾き、山の端にいま沈まんとする夕日が赤々と照り障いていました。しっかり手をつなぎ合った三人は、夕日をじっと見つめるのでした。火のような太陽は、薄暮の闇にすとんと落ちるように沈んでいきました。無言のままの三人は燃える夕日の余韻にひたっているかのごとく、そこを動かなかったのです。やがて気を取り直したかのように、手をつないだまま部屋に戻ってきました。そして、母親は一」う言ったのです。「どうも失礼しました。実はこれを日課としておりますので、お待たせして申訳ございませんでした。ところでどういうご用件でございましょ
うか」しかし先生は、そのときの様子から、ピンとくるものがあった。「ああ、これだ。これが子供を素直で明るい子にさせているのだ。これに違いない」と・しにさけんだ。
そこで先生は、事の次第を説明するとともに、なぜ夕日を眺めるのか、その理由をたずねたのです。
「はい、私たちは生活も楽でございません。子供にしてやりたいこともいっぱいありますが、思うようになかなかまいりません。また私白身、主人を亡くしてから、言うに言えない苦労もございますし、社会に対しての意見もあります、もし私がこのことで毎日ぐちったら、不満がましい話をしたとしたら、この子はいったいどういう子に育っていくのでしょうか、おそらく大きくなっても、そういう角度からしか物を見ない人間に育ってしまうでしょう。子供の将来は予測できません。立派な大人になるのも、そうでない人問になるのも、みな責任は私にあるのです。そう思いましたら、じっとしておられず、では何をしたらよい
か、学問もない私には見当もつきませんでした。それでせめて三人が手をつないで太陽を眺めることを思いついたのです「いいことをなさっているんですね」「いいかどうか分かりませんが、あの太陽を眺めていますと、まず大自然の雄大さに心が打たれます。あの
美しさに感動するのです。人間なんて、なんとちっぽけなものだろうか。
そのちっぽけなことにこだわったり、くよくよしたりしている。そんなことを教えてくれるようです。白然は神秘です。この子が広い大きな夢を描いて、あの白然のように神秘な希望を持ってほしい、そんな願いもあります。身近な小さい角度から人生を見るのではなく、大きな勇壮な理想を掲げてたくましく生きていく。そういう角度で物を考えてくれたら……。
上手に話せませんが、せめて太陽を眺めさせることによって、それができたらと思い続けているのです。こうしたからといって、現実の生活苦を忘れさせようなどとは思っておりませんが……」


【心の種】

下手な学問 身を亡ぼす

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