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【 ある学校のあり方を変えたもの 】
東井 義雄

広島県下のある高等学校でのことだそうです、夏休み、水泳大会が催されました、そのプログラムの中に、学級対抗のリレーが組み人れられました。ある学級で、リレー選手を誰にするか、学級会が行われました。三人まではすぐ決まりましたが、残りの一人を誰にするかで紛糾しました、そのとき、「Aに出てもらおう」と叫んだ者がありました。いじめグルーブの番長の叫びでした。「A」さんというのは、女生徒で、しかも、小児マヒで、不自由な体の生徒でした。とても、泳げるような体ではありませんでした。
「A」さんを泳がせて笑いものにしようという番長の意図だったのです。それなのに、一人も反対する者はいませんでした.それどころか、「そうだ」「そうだ」「Aに川てもらおう」という声が、沸きおこりました一、番長に逆くと、どんなことになるか、それを知っている番長の手下たちの叫びだったのです二当日です、プログラムが、学級当日です、プログラムが、学級対抗リレーに移りました。「A」さんの泳ぐ番になりました。残酷なことです。一メートル進むのに何分もかかる有様です。まわり中から冷笑の声が沸きました。その中を「A」さんは必死で泳ぎました。そのときです。背広のままプールにとび込んだ人がありました。
「つらいだろうが、がんばってくれ」「つらいだろうが、がんばっておくれ」と一緒に、泣きながら進みはじめました。罵声、冷笑がビタリとやみました二励ましの声に変わりました。
「A」さんが、長い時間をかけて、二十五メートルを泳ぎぬいたとき、先生も生徒も、一人残らず、泣きながら「A」さんをたたえました一プールの中にとび込んだ人は、その高校の校長先生でした。みんなの笑い者になりながら、必死に泳いでいる「A」さんを見ると、
そうせずにはおれなかったのです,その高校にもあった「いじめ」は、ビタリと止んだそうです。
校艮先牛の「ことば」を拙えた、「身」の叫びが、学校を変えたのです.


【地獄と極楽の絵】
常岡 一郎

死んでどこへ行くかはっきりしない。しかし極楽にいきたい、地獄はいやだ。こんな考え方が昔は多かったらしい。だから昔の絵には地獄、極楽の絵が多かったようだ。その中には今にも心にしみるものがある、名横綱とわれた照国さんが来て、昔の思い出話をされた。子供時代お寺で見た地獄・極楽の絵の話であった。前に山海の珍味が小山のように積まれている。一方はその前で蒼い顔をしてやつれている貧相な人の絵であった二一方は血色のよい中せな人の絵であったコ両方とも自分の手よりも長い箸をもっている。地獄の絵にかかれた人は、その長い箸で御馳走をはさんで自分の口に入れようとする。しかし、箸が長過ぎるので口のところまでこない。頭の上、頬の外側までしか持ってこられない。だから何も食べられない。やつれて死にそうになっている。極楽の絵の方は、その長い箸にはさんだものを、向こうの人に食べさせる。そこで向こうの人がにこやかにこちらの口に入れてくれる。両方がお互い向こうの人に食べさせる。だから心は感謝、口にはうまい。それで血色もよい。幸せな姿である。

 まず他人によろこびを与える、そのために自分のことは何も考えるひまがない。ひたすらに人をよろこばせる。その結果なにも求めない。しかし、人の感謝は集まる。よい運命が集まる。よろこびが自然に集まる。富も、財も、地位も、名誉も、少しの無理もなく集まってくる。これが本当の極楽の生き方となる。

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