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八代の町に偉い先生がいらっしゃいます。年は私と同じでございますが、年中朝三時に起きて厳しいお勉強をなさっている。その先生といっしょに泊めてもらいました。"この先生、毎朝三時には起床という話だがな"と思っておりますと、私は横着ですから目が覚めても、寝床の中でもぞもぞやっていました。すると先生は三時になると、支っと起きて生活、合掌されている。恥ずかしくなって寝床の中でねむったふりをしておりましたら、私が目を覚ましていることに気づかれたんでしょう、足もとにお座りになって、「東井先生、目を覚ましておいでのようですが、うつ伏せになって下さい」「なにをなさるんですか?」「まあ黙ってうつ伏せになって下さい」と、おっしゃるもんですからうつ伏笹になりました。「これからあなたの足の裏を揉ませてもらいます」「足の裏なんか揉んでもらわんでも結構です。それに先生みたいな偉い人に足を揉んでもらうと、足が腫れてしまいます」「東井先生は偉そうにいうても奥さんの足の裏、揉んだことないでしょう」「ハイ、ありませんよ」「それは許しません。今日私が操んだのと同じように、明日お家に帰られたら、一度奥さんの足を榛んであげなさい」言われて見たら、家内の足なんか選んだことはありません。しょうがない、揉んでもらう覚悟を決めてうつ伏昔になりました。「東井先生、人の足の裏を榛一ませてもらう時には、先ず合掌して、拝んでから揉ましてもらうんですよ」と言って、今度ば足の裏を拝んでくれるんです。「やめて下さい、もったいない」「いや、どうしても揉せてもらうんです」丁寧に揉んでおいて、親指の先からどの指も丁寧に揉んでくれます。土踏まずの所は足心と言うんだそうです。 「ここをぐっと押すと、腹に応えてくるでしょう、腹の働きがよくなります」と言って、丁寧に揉んでくださる。やり切れない思いだったんですが、あくる日、家に帰りましたら、夜中 の一時を過ぎていました。久しぶりに帰って来るというので、家内はまだ寝ずに待ってくれました。座敷に上がるなり、「お前すまんけどうつ伏せになってくれ」「なにをなさるんですか」「まあ黙ってうつ伏せになれ」家内は妙な顔をしながら、うつ伏せになりました。 「これからお前の思の裏を揉ませてもらう」「足の裏なんか揉まんで結構です。それより早ようやすんで下さい」「いや、どうしてもお前の足を揉まんならんことになっとるんや」こう申しまして、いやがる家内の足を押したんですが、あの先生、初めに拝むとおっしゃった。こんな足拝む値打ちもないと思い、拝む格好だけにして、足袋を脱がせましたら、ぎょっとしました。家内をもらって三十八年、家内の足の裏を見たのは初めて、もうちょっ と可愛らしい足の裏しとるかと思いましたら、なんとガメツイ足でしょう。クマの是は見たことはありませんが、クマの足とこんなものなのかと思うほど、指が広がったガメツィ足の裏です。
町の寺の娘に生まれて、大事に育てられた家内でした。私の家に来てくれた時は、もう少し可愛らしい足の裏だったに違いない、山奥の私の家にきて、毎日毎日、お仏飯を炊く薪を拾いに山に通い、広がっとる岩を滑らんように指の先に力を入れて、踏みしめ踏みしめ一二十何年歩いた足。そしてこんな足の裏になってしまったんやないか。畑に何が植わっているかも知りもせず、飛び廻っている私に代わって、畑を耕し、作物を作り、肥しを運び、やっているうちにこんな足の裏になってしまったのだと思いましたら、気が付いた時には本気で、手を合わして拝んでい重した。ひょっとしたらこの女、嫁ぐ所は他所にぎょうさんあったろうに、よりによって私のために生まれてくれたんと違うかな。そん事が思われました。
足の裏擦んでやりながら、三年前死にました義理の最のことを思いました。小学校一年生に入ったぼかりの五月、亡くなった私の母に代わって、私と妹と二人の義理の子供を貧乏のどん底の中で、五十年にわたって育ててくれた母の足の嚢は、撰んでやるどころか、どんな是の裏しているか確かめることもなく山に送ってしまった。こんど三年の法事勤めさしてもらう時には、母の五十年の苦労を思い、足の裏を憶いながら、法事を勤めさしてもらうつもりです
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