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昔にも「かかあ天下」ということ ばがあり「亭主を尻にしく」という ことばがあったことを患うと、一方 的に弱い存在と思われがちな、昔の 「おふくろ」たちも、必ずしも亭主 たちに負けてばかりはいなかったこ とがわかります。
しかし、事実はそうであっても、 私には、やはり昔の「おふくろ」た ちは「おやじ」を表に
立てようと心掛けてい たのではないかとおも われます。そして「お ふくろ」たちのそうい
うあり方が、子どもた ちの心に「おやじ」の 権威を育てることにな り、そういう「おふく
ろLを子どもたちも敬愛してきたの ではないでしょうか。 次は、ある子どもの作文です。
ぼくのおとうさんは、ぼくの小さ いときに死にました。それでも「と うちゃんは、どこかでぼくのするこ とを見とるんや」と、かあちゃんは いいます。 かあちゃんは、おこって、ぼくの 頭をたたくとき、「これは、とうち ゃんのかわりに、かあちゃんがたた くんや」といいます。 かあちゃんは、いつも働いている ので、家に帰るのがおそくなります。 とうちゃんのぶんも働くからです。 ぼくが、夕方、戸口のところで待っ ていると、帰ってきて、頭をなでて くれます。
ぼくはうれしくなって
「とうちゃんのぶんもなでて」とい います。
「よし、よし」といってなでてくれ ます。
この問のばん、ぼくがしゅくだい をやっていると、かあちゃんが、 「亮太は勉強がすきになったでええ なLといいました。
「ちがうや、きらいや」というと、
「勉強がきらいなもんはえらいもん になれせん」とかあちゃんがいいま した。
「へえ、そんなら、おらの組では、 健ちゃんがいちばんえらいもんにな るんかよ、なら、おら、えらいもん
なんかなったかねえ」と口答えしま した。
健ちゃんは、勉強はできるかもし れんが、いばるからぼくはきらいで す。するとかあちゃんがプスッとし
ていました。ぼくはだまっていまし たが、かあちゃんがものをいわない ので、だんだんつらくなりました。
ぼくは、かあちゃんのところへい って、 「かあちゃん、たたいて」 と頭を出しました。する
と、かあちゃんは、「も うええから勉強しな」と いいました。 「そんなら、とうちゃん
のぶんたたいて」という と、「よし」といって、 かあちゃんはわらいながらぼくの頭
を一つコツンとたたきました。 ぼくはうれしくなって、また勉強を やりました。
ぼくは、かあちゃんが大すきです。
戦後は、だんだんこういう「おふ くろ」が姿を消してきたように思い ます。あらためて、お母さんという 存在、お父さんという存在について、 問い返したいものです。
ふと新聞の片隅に目をやると計報 欄に「東井義雄」と書いてあります。 まさかとおもいよく見ると間違いな
い、交通事故で亡くなったとのこと、 七十九才、逢ったこともない、話し たこともない、だがそこに居られる
ような気がする。
「うらを見せ、おもてを見せて散る もみじ」と言う有名な句がある。先 生は私におもてばかり見せて下さっ
た、ありがたい先生だった。
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