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【 親の借金は子の城 】
常岡 一郎
昔から「親の借金は子の城」と言われています。借金が子を守る城、子の伸びるための運命の糧となる意味でしょうか。この場合借金そのものが城ではなく、よいことをした借金、借金までして人のよろこぶことを仕上げる。こんな人は少ない。偉大な教育家、宗教家の中には、階金まで背負って人の世のためにつくした人がおります。その内容の惜金こそ、親の借金が子の城となり、運命の伸びる栄養となるのだと考えます。私がたくさん惜金を背負っているとき、しかも喀血をやっているとき、私の妻の兄はよく私に申しました。「一郎さん、君はからだも弱い、もしものことがあっても、君の一家は私が引きうける。妹だから引きとる。子どもも値父として引き受ける。しかし、君の借金までは引き受けるわけにはゆかない。だから一日も早く借金をなくしておくように…」と親切にいってくれました「ご親切有難うございます。しかし、私の惜金は、私が酒や、女やなまけやぜいたくでつくった借金ではありません。人の心の糧になるようにと信じて精神運動を起こし、社会事業をしてきました。それが人の寄附もつのらず、ひたすら自分の修業のため、修徳のため、心から安心のわくため、借金してまでやってきました。
貧しい学生、不幸な子どもも育ってきました。その結果私の惜金となって、そのやりくりに苦しんでいるのです。この場合の借金は、その内容からいって、子どもを守る城になるとさえ信じています。残して死んだら、この惜金をもらった私の子どもは、運命的に伸びてゆくことと信じます。ゴマかしてかき集めて財産をつくり、それを子どもに残してやっても、それは子どもの一時的な生活の助けにはなりましょうが、結局子どもたちの運命のよい芽の出ることを押さえる重い石となると思います。この借金、私の生命の糧、運命の力となっていると信じています。弱いからだの私が、不思議に死線を幾つものり越えてきたのも、この惜金のないようがよかったと信じていますから、借金を全部お返しして死ねば最上、返しきれない中に死んだとしても、中の上ぐらいのとこヅっだと思います。Lこんな風に答えました。
それから四十年、いま私は八十の坂をこえました。元気に活動できる程に強くなりました。しかし、そう言った兄はすでにこの世を去りました。

子の城、子どもを守る城とは、「目に見える敵が攻めてきたら、逃げるところもあれば、かくれる場所もある、なれども、目に見えぬ敵が攻めてきたら、かくれ場所も、逃げどころもない」と教えられた。虎とか、獅子とか、そんなものはいくら攻めてきても逃げ場所はあります。しかし、目に見えぬ敵、病気や災難が迫ってきたときは、かくれ場所はありません。運命が悪くなったら、いかに財産があっても駄目です。金持ちでなかったら、子どもが誘拐されたりはしないでしょう。金がある故に兄弟が争う。金があるため子どもが自分の力を鍛えないで萎縮してしまう。無気力になる。不徳な家では、いかに金があっても運命は伸びないでしょう。

今、判らないからとゴマかしてかき集めてふところに入れてぬくめているが、この悪いたねはぬくもって必ず悪い牙が出ることを知らねばならぬ。
〜不足〜
目は見て楽しむために、神様からお借りしているのである。耳は聞いて楽しむために借りている。
しかるに、目で見ては不平を言い、耳で闘いては不満をならし、口で食しては食物の不足を言う。見て、聞いて、食べて不足を言う。何事によらず、こんな楽しめない心があっては、生きる喜びは見出せない。今日、食べ物に不足を言う者も戦争中は「銀シャリならお菜はいらぬ」とまで言っていた。食べる物に不自由してこそ、初めて食べ物の有難さが判る。「難有りて有難し」とは、よく言ったものである。(ある新聞から)

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