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【正直】
服部 修寛
珠算学校を経営している父。七十歳になっても暗算力は確かだ、、足し算なら十けたはいまだにこなす、すれ違う車のナンバープレートの四けた番号を読みとり、最後に分け、二けた二けたの掛け算を行うことぐらいは朝飯前。
 それは今から、一十年ほど前のこと。父と母と弟に私、家族そろって名古屋の中華料理店で食事をとった。焼き鮫子に水餃子、シューマイ、チャーハンにマーポ、肉まんなど。
食事をすませ、父が注丈表を持って会計をすませた、車に乗り込んでから、なにやらつぶやいている.頭の巾で計算を、何度もしているようである。
四十分も走らせたであろうか、突然、父が「今の店に巾を」尿せLと叫んだ」忘れものでもしたのかと尋ねると、注丈の品の値段のへ合計と支払いの金額が合わないという。値段を尋ねると「500円安かった」という。,「八千四百円の
合計なのにレジでは七千九百円しか請求されなかった」というのだ。
父の計算は確かだろう。何度も確認したという。「すぐ、あの店に、戻れ」と大声で叫んだ。時計を見ると、閉店十、時近くになっている、家まで、もう十分ほどの所にまで来ていることもあり「今から庚っても、もう店も閉店しているから、、気になるなら、明日会祉の帰りにその店に寄って払ってくる」と、ひとまず父をなだめ、父と母を実家に送り、私は別に住んでいるアパートに帰った、
昼近く、父から会社に電語が入った「もう帰りにあの店に、なくてもいい」という訳を聴くと「百円は支払ってきた」という。五百円少なかったことから、それがたとえ店のミスにしても、何か悪いことをしているようで、一睡もできなかった。店が開くのを待ってお金は払いに行ったということである。「まてよ」その店までは車でないと行けないはず、父は車は持たない。「どうやって支払いに行ったのか」と尋ねると、「タクシーで行った」という。運賃は何と片道三干五百円、往復七千円を支払ったという。五、百円を支払いに、しかも、店はまったく知らず、完
全に店の責任なのに、七千円もかけて払いに行く。「なんて馬鹿な、しかしなんと素晴らしい父であろうか」見事なまでの潔癖さ。
親から見せられた感動。これこそ、最高の教育であり、私のお手本である、これを読んで、何と馬鹿馬鹿しい、払わないでも済むのにタクシーで運賃払って、五百円を戻しに行くということ、わたしはしない、と考える人が多いのが今の時代の人たちである。
だが昔はこんな人が多かった,教育勅語でも信義を重んじと教えられた。だからこうしたことをして損する。これが日本人の心であった。つまり"やまとだましい。である。
この,やまとだましい。があの敗戦のときの無から有をつくりだした。現代のように打算的で人から奪うのではなく人に与えて損をしたのである。それで日本が復興した。

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