|
【使い捨て】
管 徳郎
 |
|
 |
|
|
現代は「使い捨て時代」だと言われています。何でも利用したあとは紙クズのように惜しげもなく捨て、目先きの利益、都合だけしか考えなくなっている時代です。
先日「使い捨て、オムツにライター、ダメ亭主Lという川柳を見て笑いましたが、笑うどころではありません。物を粗末にして使い捨てにする生き方が、だんだん人問関係の問にも起きてきていますが、これは大変なことです。
ご主人が定年退職したあと、待ってましたとばかりに、これからは白分のために白由な生活を送ると、退職金をそっくり貰ってハイサヨナラと離婚するご締人のいることをよく耳にします、これこそ、まさに使い捨てです.若い人たちは簡単に結婚し、簡単に別れるようです。我慢とか許し合う努力が足らないように思えます。
そもそも結婚というのは、いろいろと複雑な心を持った人問と人間の関係ですから、ケーキを食べるように、初めから終りまで甘くておいしいわけには参りません、離婚数が激増していますが、子どもは一体どうなるのでしょう。子どもにとってお母さんはいつも輝く大陽です。確かに女性の立場は変りましたが、おけさんというL}場は少しも坐りません私がたまたま榊寸珊をしている所へ、小学一年生の孫が学校から帰ってきて、その孫が私の顔を見ると「何だ、おじいちゃんか」とガッカリして、キョロキョロあたりを見ながら「お母さん」と言って二階へかけ上がってさがしています。間もなく三年生の孫も帰りました。私が目の前にいるのに「誰もいないの」。子どもが家に帰ってくるのは、母親のもとに帰ってくるということです。いつも母を求め、母親への思いで一杯です。
よく「三ツ児の魂百まで」と申しますが、全くその通りで、子育てを通して、子どもの全身の細胞に母親の愛がしみわたっています。乳房をふくみ、まばたきもせず、母の目を追う可憐な幼児の姿を見て、深い親子のきずなを思い、心をうたれます。これを想うとき、人類の続く限り、母はいつも子供の大陽でなくてはなりません.、オムツやライターを捨てるように、夫婦の使い捨てから、母親が子供を捨てるようになったときが近づいて来ました。先日は駅のコインロリカーに赤ち"、んを扮ててあったことが、ときどき研閉にのつ、、」い↓ま:しわに人間社会の崩壊です。ある中学校で先生が、「親孝行したいときに親はなし、皆さん、親の元気なうちに、しっかり親孝行しなさい」と教えたところ、一人の生徒がサッと手をあげ「親孝行したくないのに親がいます」と答えたそうです。
親の心を知り、親の恩に報いるということは、人間が人間である証拠です。現代祉会のみだれ、教育やしつけの混乱、夫婦、親子の問題、はては戦争ですらも、あらゆる世界の乱れのもとは、現代の人間の心の中に、親の心、親の恩が分からなくなってきたからだと思います。 |
|
|
|
|
 |
|
 |
|
|
|
|
|
|