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【生きるということ】
山添 明
 両手のない少年が銭を乞うていた。年の頃は十四、五歳。路上に横たわる彼の頭の側に小銭の入ったアルミの器が置いてあって、それをサリーの裾がなぜて通る。場処はカルカッタ、チョリンギ通りの北端。この辺はひどい交通渋滞で、人力車、オートパイ、大八車、トラック、それに乗用車などに交じって牛や犬、そして羊、人ひと、体温を越える熱気と耳を聾するほどの騒音の中で忙しく行き来する。少年の腕は両肩から切断され、褐色の断面は艶やかで、ためらいの気配は全く感じられない。外科医の業とは思はれないので尋ねると、インド人はこともなげに言った。
「赤ちゃんの時に親が切り落とすんです。乞食の力-ストがあって、その子が生きている間、親や兄弟が食べていけるんです。」
私は息をのんだ。そんなことがあってよいのだろうか。親を恨み世をのろい、彼は幾夜狂うほど苫しんだことだろう。
職業として哀れな声を出している彼ではなく、普段の彼の目を見たいと思った私は注意して歩くことにした。露店から流れ出る汚水の側で、時に母親が差し出す食物(チヤパライ)をほおばり、また他の時は店員と語り合う彼の目に絶望や恨みの影はなかった。私には、親神の思寵以外に考えられなかった。あまりにも痛ましい生に対して、親なる神の慈愛のまなざしが注がれて、生きよ、しっかり生きるのだという切ない親心の火花が、ある時、彼の聴の内奥に飛び散ったのではなかったか。
そういうことがなければ、あのアウシュビッツの無残な非人間的極限状態の中で、人々は生きてゆけなかっただろう。脊権カリエスの激痛に苛まれながら、正岡子規は言った。

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「悟りといふことは如何なる場合にも平気で死ぬることだと思っていたのは間違いで、悟りといふことは、如何なる場合でも平気で生きていることだ。」
どんな条件の中からでも、幸福であり得ること。それが神の子の証なのだ
これを読んで私も先般インドに行ったときのことを又新しく思い出した。

あの人混みの中に子を持たぬ者、包帯をしている者が銭を乞うて来る、インドはどうして壬・ばかり怪我しているのだろうか、足を怪我している者は見当たらないがと、おもっていた。聞いたら親が子供のときナタでたたき切るとのこと、そしてあわれみを乞うてパンをもらい、一家でちぎって食べて生きている。
日本では、喰い過ぎて肥溝児になり、喰い遇ぎて胃拡張になり、喰い遇ぎて糖尿病になり、それでも余って捨てて輸人して生きている。

一横田肇一

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