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【不運の忠告】
常岡 一郎
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上を向いて歩こうあの歌はたのしい生き方を教えている。下を向いて歩く。うつむいて歩く。それは、なやみの姿にもなる。暗い心のあらわれともなる。
下を向いて歩いた。そのおかげでたくさんのお金を拾った。下を向くのも幸運にありつくという人があった。それは金をたくさん拾ったのである,幸運を拾ったのではない。むしろ悪運を拾ったのである。
無念、残念と縁が近づいた警告である。お金をおとした人は、アッしまった。金をおとした、運が悪かった。惜しいことをしたと暗い心になる、しかし、それでその人の運命が一つすんだのである。落としたお金とともに悪運を落としたのである。その悪運を袷ったのである。他人の悪運を拾ったわけである。つり合わざるは不縁のもとである。拾った方が悪運とつり合ったのである.リ悪い運命とつり合った。下り坂になった。これを忠告されたのである。
骨折らないで取り込む、天地はゆり戻す。これほどの気の毒なことはない。骨折って力も汗も出しきる。それで金は入る。そのお金もまた気持よくなげ出す。親をよろこばす。兄弟、友人のよろこびのために出す。これは骨折り損では
ない、くたびれもうけでもない。天の貯金ができたわけである。本当の幸運をつみ上げたのである。少食では死なない食べすぎて死ぬ。
滅ぼす人は多い。のみ過ぎて身をはたらいてなにも要求の心をもたない。
力も心も汗も出しきる。
それで爽快な心になる、清貧にあまんじる。そんな人は幸せの貯蓄となる。だからしにゆとりがある。
明るいほほ笑みがわいてくる。これが末広がりの姿である。
ほんとうの幸せ、ほんとうの幸運、これははたらき好きの人の味方をする。怠けることが嫌いな性格の人に近よる。上を向いて歩けるほど明るい心をつみ上げよう。
気まぐれ当りは危ない、.こわい。あとのゆり戻しが恐しい。
交通事故
毎日々々交通事故のニュースのない日は無い。この交通事故は江戸時代にもあった。
鈴木健二さんの本につぎの様に書いてある。自動車も鉄道もない時代にどんな交通事故が起っていたのか。江戸時代の町中に交通事故があった。あるとき大八単を引いた三人の男が橋を渡ってきた。車は前に二人、後から一人が押している。
こういうときには宰領といって、講か一人が右へ行け、左へ行け、と采配をふらなければならないのが当時の交通規則?であったが、運悪くその人がついていなかった。橋は中央へ高くカーブしているから、下るときには押す役目の人がグッと力を入れて荷物を満載した大八車の加速度がつくのを抑えなくてはならない、ちょうどそのとき十五歳の少年が向こうからやってきたのである。
このままではぶつかるい一大八車を引っ張っていた男は、押し役に向かって「おい!押さえてくれ!」と叫んだが、間に合わなかった、そのまま突っ走った大八車は少年を引っかけ、その少年は打ちどころが悪く死んでしまった、今日で
もありそうな話である。
この事故にたいして徳川幕府の処罰はどのようなものであったか。大八車を引いていて少年にぶつかった側の人は首を斬られ死刑-・後の二人は八丈島へ送られた。現代に此べれぱ厳罰である。そのくらいしないと、交通事故は防げなかったのだ。江戸時代も交通事故多発だったことが伺える。
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