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【袋に一杯入れて!】
横田 肇
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「韓国に行きませんか」と誘われたので、旅行好きな私はすぐ回けさせてもらった。誘って下さったのは、韓国生れで、今は大村に在住して仕事にも成功しておられる女性の方である。名はSさんとしておきます。
子供さんと一緒で、二十人位のグループであった。ソウルに一泊してバスで途中鰯光しながら南下して、晋州の衝に着いた。こ二がSさんの生れ故郷である。街の中央を澄みきった大きな川が流れ、キレイに整った街である。
この街は、加藤清正が攻めたとき、毛利六兵衛が指揮して落城させて、勝ち誇った毛利六兵衛軍は、毎晩の様に酒盛りをしていた、このとき、韓国を愛する一妓生さんが六兵衛に抱きつき川に飛び込み、自らも共に死んだのだ。そのときの妓生さんの指には、抱きついたら離れぬように、十本の指に指輪がはめられていたという、、その妓生さんの愛国を讃える塔が建ててある。
市場に連れて行ってもらった。日本では見られぬような市場の構造である。道巾は車がスレ違つだけの巾であるが、その遺の中央に出店がテントを張ってある。家具屋あり、衣類屋、魚屋、野菜屋、八百屋、その賑やかなこと、先は見えぬ位続いている、私はSさんと一緒に店の中に人り買物をしていたら、両足を切断した男性が、イザリの様な格好をして、戸板に戸車をつけたような手製の運搬車を引きずり、荒物を積んで売りに通った。それをみたSさんは、店から走り出て、袋に一杯つめて、と言われたかどうか、タワシレ」カ洗剤等をつめさせて買った。なにも日本から遠い韓国まで来てわざわざタワシ等を袋一パィ買う必要はないのだ。
それは、この男性の姿を見て、金を与えれば簡単に済むことだが、それでは乞食扱いになるので品物を買って下さったのだ.帰りにはこの品物はどこかへやられたのだろう持ってはいられない。このSさんのこころくばりを目の前で見た暖かいあの姿ば、今も忘れたられなd、四年前の感動の旅であった。
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【母子の絆】堤 保敏
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| 夏休み蝉よりうるさい母の声新聞で見た小学生の俳句である。勉強しなさい、勉強しなさいと、うるさくせきたてる母親に同調し、同じ言葉を繰り返して熱くなる父親では困る。また教科書通りの育児に必要な手間をかけるだけで、あとは知らん顔のクールな母親でも困る。父擬の得手とするところ、母親の得手とするところを、お互いに上手に引き出し合うのが両親である。温めたり、冷やしたり、抱きしめたり突き放したり、ゲンコツでこづいたり掌でなでたり、二つを一つにすり含わせた真ん中に、子どもが子どもらしく育つ大切なものがある。子どもの痛みがわかるのは、母親だけの特技である。掌で背中をやさしくトントンとたたくと寝てしまう。痛がるところに手を当ててフーツと息をふきかけると痛みがとれる。揖親は、実に偉犬な催眠術師であり、医者である。ところが近頃は母親がおっぱいを与えている姿を見なくなった、ひと昔前までは、電車の中でも公園でも、確かに見かけた。子どもに授乳しているあの母親の、あの実にのどかで、ほのぼのとした風景はどこへ消えてしまったのだろう。乳を飲ませるという行為は、母と子の相互に影響を与え合う典型的なものだといわれている。母乳を含ませるということは、単なる栄養を与えるだけでなく、母親の温もりを伝え、感覚的な刺激を交換し、安心感を与える母と子の犬切な絆になるはずなのだが。 |
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