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【おばあちゃんの寝床】
東井 義雄
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私が退職する年の十一月のいちばん終りの臼曜〕口、私は、愛媛県川之江市の連合PTAの講演会に出かけていきました。
そのときの議会議長さんの祝辞がありました。「私の家の隣家におばあちゃんがおります。『お孫さんが就識されてしまって、さびしいでしょう。』と申しましたら『はい、さびしいです、あの孫がうちにいろ間、ずっとわたしの寝床の泄話まで続けてくれたんですから-』とおっしゃるのです。もう庁万の隣りの家にもおばあらやんがおります。『わ孫さんが大学にいってしまわれてさびしいでしょう』といいましたら、『はい、わたしの寝床のせわまでずっとしてくれた孫ですからね。いよいよ大学にいってしまう日に、弟を呼んで、『今夜から、おばあちゃんの寝床の世話はおまえに頼むぞ。』といって家を出たんですLとおっしゃろのです。私は、教育のことは素人で何もわからない人問ですが、こんな若者が育っている所は、臼本中、ほかにはあまりないのではないでしょうか、そう思って、私は川之江土…の教育に誇りを感じています。Lという祝辞でした。「教育は理屈ではなく、この子を見てくれ、と.」一uえるような子どもを育ててみせなければ教育とはいえないLと、おっしゃっている気がして、考えさせられてしまいました。私は、学校に帰って、朝の会のとき、子どもたちに尋ねました。「臼分の寝床の始未を自分でやっていろ人は手を挙げてこらん」と。八割ぐらいの子どもが挙てゴをしてくれましたが、残りの二剖程は、自分の寝床まで、どなたかのお肚話になっているようでした。私は、さき程の議長さんの語をみんなに伝え、「四国の万には、自分の寝床どころか、おばあちゃんの寝床の世話まで斗ずっと続けてやっているお兄ちゃんがあるんだってLと話しました。その時、一番まん中の列の一番前のかわいい一年生の女の子が、「はい」と手を挙げました。「何、オシッコ?」と尋ねると、「校長先生、わたしも、おばあちゃんの寝床をしいたり、たたんだり、毎日していますLというのです。「ぼくもやっています」と挙干したのは六年牢の男の子でした。そのとき、列をとびだして、朝礼台のヒヘかけあがってきたのは、三年牢の岡田潜でした。みんなの方を向いて、ビョコンとお辞儀すると、「ぽくは…もしていませせんが、さっき手を挙げた一年牢の父のヂはぼくの妹です。妹は毎HしていますLというのです。みんな拍干しました。その一年牢の女の戸は、岡閉洋美ちゃんといって、もうこの四月から中学牛です。もちろん、今もおばあちゃんの寝床の肘話を続けています。それだけではありません。心の優しい、しんほう強い女の戸に育つてくれています。きょう届いた洋美らやんの手紙にはおばあらやんの寝床を片付けるとおばあちゃんのにほひがプンプンしてきます…」と書いてあった。 |
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