|
【たねはまかれてあった】
横田 肇
 |
|
 |
|
|
こんなことは、だれにもあり、別に大した事でもないと一生を過ごしがちであろうが、今私がふり返って見ればそれは幸せの人生であった。
それは責乏で今だったら生活保護家庭に最適任と折紙をっけられるような家庭であった。四人兄弟、男ばかりの中のその長男であれば、小学校(今の中学二年生)を卒業するとすぐ鉄道に駅夫として就職した。駅夫とは、辞書を引けば駅の人夫と解いてある。労働甚準法とてなし、休日とは忘れたころにやって来るのであった。もう大分慣れて入換作業をしているとき、冬だったので厚着していたらその服の一部が客事に引かかって私はホーム下に転落、車輪は身体の横を廻っている。その儀何メートルか引きずられて行ったが幸いかすり傷一っなく命びろいをした。死ななかった。第二次大戦ともなれぱいよいよ赤紙刀]集、大村から戦地の菊部隊の歩兵として従事する。南支那では余り吾が軍が強いせいか、向う処敵なしで、幸い命をかけて戦うことはなかったが、これが相手が英軍となると情況が違った。十、一月八日マレー半島コタバルに上陛して六十余日の進撃に、と歌にあるようにシンガポールヘと進む中、敵と遭遇すれぱ激戦、そして兵力は死者と負傷で減って行く。いよいよ戦いも熾烈を極め、シンガポ・-ル島に上陀すれぱ彼我入り乱れての戦い、耳をつんざく砲弾の破裂音、機関銃弾の飛んでくる音、隣の友と声を交わしてもきこえない。テレビで見ているような格好がよくて勇ましいものではない。そんな中に敵の戦車が六台現われて、鉄鉋しか持たない吾が巾隊にあばれこんで来た。この事は自衛隊発行の大村陸軍と言うう本にも記録されている。この独闘で将校は全員戦死、生き残った者は、二一〇名位の中僅か四〇名位となった。これでも私は死なぬ。尚進む中、ブキテマ高地に於てはプロパンのボンベのような砲弾がっぎっぎと飛んでくる。それが吾が軍の中で炸烈する。その一つが私のすぐ横で炸烈して負傷した。私は、いや傷った戦友も、そして死んだ戦友もそこに残されて進んで行く邊私は未だ死なない。シンガポール病院に収容された。つぎっぎに運ばれて来る負傷者で超沌員の有様。シンガポiルは降伏した。そしてここに平和が来た。何日かたって負傷者の内地送還が初まった。も一つこ一つなったら家に帰りたくてたまらない。
第一回目の乗船者の名前が呼ばれた。しかし私は呵ばれない。次の船だろうと諦めていたら、その船は敵潜水艦にやられて全滅ときいた。それから数日して第二回目の乗船これにも私の名は呼ぱれない。次の便だろうと思っていたら、その船も潜水艦にやられたとの崎報。ああよかった乗らずに、第三回目にも名前を呼ぱなかった。もうこうなったらなるようになれとやけくそ的で、諦めているより仕方がない。ところが又それもやられたとの情報、百パーセントの死、もうこう考えると乗りたくなくなった。乗れぱ絶対の死から逃れることは出来なぬ。
後日ゆっくり帰ろうと考えてもそれはままならぬ、第四回目、ついに名前を呼ばれた死だ。絶対の死と判っていても乗らなけれぱならない。五体満足なら幾分気持も落ちつくが、皆んなそれぞれの負傷者ぱかりで、未だ担架の者もいる。運を天にまかせてではない、何とでもなれと投げやりで乗った。着いた臼台湾高雄に着いた。命はあった。ここで安心はまだ出来ない、先がある、今度はキールンからの乗船、今までに足の早い大きな船であったが、今皮は船も小さい、足もおそい。いよいよ途中潜水艦から追われた、あちこちとジグザグで逃げるように進む。いよいよ沖縄の沖で終りかと諦めた。だが命はあった。字品港に着いた。
ここは昔から軍都で兵隊さんなんてあきあきしている処、今までは船中で、台湾の病院で手厚いもてなしを受けて来た者にとっては冷たい取扱と感じられた。しぱらく広島陸軍病院にて治療を受けていたが、看護婦の冷たいのにとうとう爆発、看護婦にビンタをくらわせたのであった。これが命のたすかることになろうとは考えもしなかった。病院では、早速、こんな狂人はここにはおけんと大村へと追いやられた、そうして広島原爆。もしここで頁面目に治療に専念して病院のお気に入りでいたなら一、あの原爆でふっとんでいただろう。ここでも私は死なない。命というものは人間がいつまでと判断出来ない。絶対の死の棺桶に入ることが出来なかった。こんなことを言うと大村弁で「ふのよかったなあ」といわれる。ふのよかったと簡単に片付けられない。兄弟四人皆んな兵隊に行き、皆んな帰って来た。これを考えるときこのふのよかった事は、これこそ御先祖様が世の為人の為に尽くして下さった徳が私に授かったと考えさせらる。それを考えるなら、伽先祖様には厚く御礼を申上げ、この残った命をそのご恩返しに尽さねぱならないのではなかろうかそれがわが子に孫に現われてくることとなるのではなかろうか。幸せの人生、み、れはたねがまかれてあった。 |
|
|
|
|
 |
|
 |
|
|
|
|
|
|