|
【祖母が大切にした五円札】
立川 忠義
 |
|
 |
|
|
金とは、ない者がある者から貰い・持てる者が貧しい者に与えるものだけではない。ご恩を感じ・感謝の心の表現としての、尊い金の使い方がある。それを知ることのできた人間は幸せである。
私は父を三歳で、そして母を四歳でなくし、当時七十を越えた祖母の手で育てられた"年寄り子、三文安い"と笑われながないが、兄を寺の住.職に持つ、熱心な仏教徒の一人であったことに間違いない。溺愛児として青ったようである。薄幸な孫の私を抱えた祖母は、おそらく憐欄の情やるかたなき思いであったろう。その祖母から、叱られた覚えも、怒らねた記憶もほとんどないが、感化されたことはずいぷんあるように思えてならぬ。まず、神仏を尊ぴ敬い、神恩を感謝する信仰心と、人に対する施しの心に徹した生活態度が後に、私を信仰の道を歩ませた最大の原因でなかろうか、と考えさせられるのである。ぎちろん、祖母はお道の信者ではぬほどであった。全く、思えば思うほど、親子の縁の薄い、親不幸者だと、思い知らされた感がする。その祖母のなきがらを囲み、通夜の晩のことである。儀式なのか、習慣なのか知らぬが、なきがらを湯で拭き清めて、衣服を改める行事があって、その時のことd最後の肌着の下にお守りの袋のようなものが首にかかっている。何か大切なものと判断して、私も立会うことになった。遺言状の類か、それとも秘密のものか、一瞬好奇心も手伝ってシュンとなった。ところが、出てきたのは、何と五円札一枚であった。「なんだ、五円札一枚か」と、緊張のあとタメ息のような声が流れた。私もそれを手にしながら、それほど金に困らぬ祖母が、なぜp、と正直解しかねていた。ところがである、その五円札の包紙を見て思い出した。それは、紛れもない、私が祖母に「おばあさん、小遣いだよ」と手渡した、その時の金なのである。夏休みの一.時、友人に誘われるままアルバイトで貰った金だと気が付いた途端、その握り占めた五円札から、なにか熱いものが私の胸に伝わってくる思いで、止めどもなく涙がこみ上げ泣いた記憶がある。可愛い孫から貰った小遺い銭を、一体どんな思いで受け取ったのか知るよしもないが、おそらく、勿体なくて使えず、お守りのことく、肌身離さず持ち歩いたものだと思う。それほど僅かな五円札一枚でも、親として、干金の価と重さを感じさせることを、生れて初めて教えられた。ooooooo金とは、ない者がある者から貰い、持てる者が貧しい者に与えるというようなものだけではない。いわば、こ恩を感じ、感謝の心の表現としての、尊い金の使い方があることである。ooooooo幼くしてなくなった母の代わりに、祖母は私を溺愛した。その愛に甘えているだけだったら、おそらく私は、一人前の人閻上して育つことはむずかしかったのではないか。けれども祖母の深い心と生活態度が、私の中に、いつの問にか大切なものを育ててくれていた。その最大のものがお守り袋の中の五円札であった。物質以上に尊いのが心であることを、それより私は痛切に教えられて、曲がりなりにも生涯、それを実行し、生きることのすばらしさを知ったのである。 |
|
|
|
|
 |
|
 |
|
|
|
|
|
|