知恵倶楽部 http://www.chie-club.com
読んで下さい

【新宿育ち】
加藤 泰朗
 私は酒をやめてから、もう二十年以上になる。しかし、酒のみの相手をしないわけではない。時には酔ったふりをするが、しんから酔わないから、酒のみには面臼くないやつだと思われているに違いない。過日、新宿のある所に招ばれて行った。私の酔ったふりがよかったのか、その杜長サン、すっかり酔っぱらってしまい、私も責任を感じ、最後までつきあうハメになった。
やっとタクシーを見つけて、その社長の住む横浜まで送るよう運転手に頼み、ヤレヤレと思ったのだが、こんどは私の乗るタクシiが拾えない。何しろ、歌舞伎町は日本一の夜の街で、午前一時と言ったって、昼より明るく、車と人の洪水である。私も困ってしまい、しばらく待つことにしたが、少し雨も降ってきたので、地F鉄に通ずるビルの階段あたりに、身を寄せることにした。タバコを喫おうとしたがマッチがない。すると、傍に乞食が寝ていて、々バコをすっているので、火を貰うことにした。その乞食は、ラークという、しゃれたタバコの中から、これまた、たしか、ダンヒルだろう、上等なライタiを私に差し出すのである。私は、だれにでもすぐ話かける癖がある。軍も当分、拾えないので、どんと腰をおろして、乞食に話しかけてみたら、乞食は珍らしく、気軽に答えてくれた。さきほどの酔っぱらいより、ずっと、楽な桐手であった。

 何でも、聞いてみなければわからない。「乞食」と言えぱ、食を乞う「物貰い」ぐらいに思っていたが、これが、とんでもない話なのである。パンの耳を食べたという話などは、もう、昔話。パンなどは、ポリバケツの中に、ビニiルに入ったまま、まるで、そのままパン屋の棚から届けられたように拾てられてあるという。飯はレストランの嚢口に行けば、バケツ一杯、いくらでも手に人る。残飯だが、食べ残りではない、炊き残りである。ウイスキーは、時には、口もあけないナポレオンが捨てられていたり、バーの路地に行けぱ、三カ肩たてば、期限切れのボトルが、あちこちにあり、もう、サントリーは飲みあきたなどと6うのである。ハムは変り易いせいか、まるまる一本、よく投げてあり、ケiキも箱こと、こていねいに、リボンをつけたままだという。「衣食任」から」一」口えぱ、もう「食」は滴腹。それならー衣Lはとろかと聞いた。見れば、汚れたズボンに破けたジャンパーだ。そんなもの、どこかのマンションのゴミ処理場に行けば、背広もセiターもある。もう、そんなもの要らないのだと言う。「右や左の日一那サマ」と食を乞うたのも、昔ばなし、金なら自動販売機の下にザクザク。もう地」Lこそ、宝の山みたいな話をするのである。それでは、貯金でもたくさんあるのかと聞けば、そんな面倒くさいことはいやだと答える。食えない、住めないから乞食をするのではなく、面倒な人問関係から解放されて、令く自由な、ひとりだけの生活をしたいから、乞食をしているのだろう。言ってみれば、わがままで怠け者ということになるのだろうが、乞食に聞いたら、胃かいようはいっぺんになほり、反対に、糖尿病になると言うのだから、何でも、話は聞いてみるものである。そう言へぱ、この乞食も、桐当、肥っていて、私より、よほど栄養満点である。新宿のネズミは、猫のように大きいという。「新宿育ち」という歌がはやったが、新宿は、何でも育てる不思議な町である。

 乞食は、さらに言い続ける。最近、この新宿で、バス放火事件があったが、あれは浮浪者の仕わぎで、オレ達、乞食は絶対、人には迷惑をかけないのが主義で、浮浪者とは違うのだ。それなのに、このころは、取締りが厳しくて、かなわんとこぼすのである。因みに、軽犯罪法第一条で、浮浪者と乞食は区分してあるが、内容は、どちらもどちらという感じである。それなのに、その乞食は、才レ達は、ちゃんと乞食の分際をわきまえているつもりだと、まるで、悟り切ったような顔をする。悟りと言えば、もともと「乞食」は仏教語で、俗世間を断った出家者は、生産活動は許されないから、食を乞うて、専ら修行に励んだという。その修行僧を乞食者と言ったというが、俗世間を断ったというだけは、どこか似ていなくもない。それにしても、簡単に乞食になれないなあ、と言ったら、乞食サン、メンツを捨てればいい、メンツを捨て、上を見ず、下さえ見て歩けば、あとは何でも拾えるよと、私にけしかけるのである。そう言えば、メンツのだめに、争ったり、憎んだり、悩んだりすることは多い。
 この乞食の哲学を聞いて、なるほどと感心したりして、何か、わからなくなってしまったのである。さて、雨はやんだが、車は相変わらず拾えない。あんたの家はどこかと聞くから、中野だと答えたら、歩けば一時間もかからないよと言う。乞食に励まされて、夜の街を歩くことにしたが、なまじっか、泊るところがあるばっかりに、こうして歩かねばならない。いまころ、あの乞食は、ダンボールをのばして、ベット代わりに寝ているだろう。そう思うと、別れた乞食が、何とも、うらやましく思えてきたのである。


プライバシーポリシー | お問合せ | セキュリティポリシー | リンクについて
Copyright 2005. CHIE-CLUB. All Rights Reserved.